鮭の子漫画

惰性の漫画と日記を書くの

腕が三本あったのなら、スマホを落とすこともないだろな

 腕がもう一本あれば――と、童貞が新垣結衣を夢見るほどに愚かな願望を、抱く人は多い。

 料理中、子育て中、PCの操作をしながら書類をめくったりコーヒーを飲んだり、三本目の腕は活躍すること間違いないのだ。

 見た目の気持ち悪さだって、最初のうちだけ。人間が犬を気持ち悪がらないのは、見慣れているからだ。小型犬ほどのドブネズミを見たときに気持ち悪い感情が込み上げるのは、見慣れないからというだけ。

 だから、大丈夫。安心していい。三本目の腕の異様さは、すぐに慣れる。

 生やすのは、へそ辺りが望ましい。既存の二本に絡まない位置だし、スマホが滑り落ちた瞬間、地面にぶつかるすんでのところでナイスキャッチチャンスが生まれる。

 画面を直すのに、激安店でも一万円ほどかかる。年に一回割るとしたら、生涯で100万円近い損失回避だ。

 だが、三本目の腕がモリモリと生えることで、欠点も盛り沢山になる。

 まず、「手が空く」という慣用句がなくなる。三本目の腕は基本的に待機させておくべきものだから、空いている状態が常なのだ。「お手隙の際に」なんていう便利な言葉も、なくなる。残念だ。

 逆に、新しい慣用句が生まれるかもしれない。

「中手しびれる」

 これは、予備としての腕が痺れてくるほどに、酷使された状態。つまりとても疲れたときに使われる言葉だ。

 話が逸れた。欠点の話だった。

 猫ふんじゃったを弾こうとして腕をクロスさせようものなら、非常にややこしくなる。基本的に待機させておく三本目の腕だが、己の腕を競う科目、競技などでは三本目がこぞって使用される。猫踏んじゃったは、速弾きすることで素人を「おお」と思わせることができる簡単な技能であるはずなのが、腕が絡まるがゆえに、本当に高難易度になってしまう。

 猫踏んじゃったに限らず、物事全般が複雑化する恐れがある。今まで我々が腕を磨くとき、それは二本で済んだ。でも、磨く腕がもう一本増えることで、全ての事柄の修練に時間が余計にかかる。

 懸念は散々書いたが、メリットの方が明らかに大きい。なんたって、ポケットに手を突っ込んで歩いても、転んだときに付ける手があるのだから。

 でも結局、生活様式が三本前提になるだけだから、あと一本、あと一本と、我々の欲望は止まらない。腕を二本から三本に増やした人間はその快感に虜になり、さらに次を求める。アル中ならぬ腕中になるのは間違いない。

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おわりっ