鮭の子漫画

惰性の漫画と日記を書くの

サブカル好き野郎の記憶は、桐のタンスに収められているんだ

 長谷川くんは、物知りだ。

 みんなが河川敷でダンボール滑りをしているときも、夕陽に向かってエヴァの凄さを語っていた。

 隣で頷くだけの僕には、「人類保管」だとか「神の器」だとか「使徒」といった言葉を操る長谷川くんが大人に思えた。僕が知らない言葉をスラスラと使うのだから、「大人」の要件としては十分だ。

 当時僕らが観ていたアニメはシンカリオンが普通だった。それなのに、長谷川くんはよりにもよってエヴァときた。今更地上波で放送されるわけもないアニメにハマるなんて、ナタデココ全盛期にタピオカを飲んでいたに違いない。

 世間の女子が鬼滅鬼滅言っているときにも、長谷川くんはチェンソーマンチェンソーマン言っていた。「水の呼吸」の雑音よりも、長谷川くんがするチェンソーマンの解説の方が、僕ら界隈では大きかった。

 長谷川くんが勧めるコンテンツは、なんだって面白い。しかし、長谷川くんの解説がセットであることが必須だった。それくらい、難解であったり、隠れたメタファーが界隈の物語には散りばめられていた。底上げされているセブンのプラスチックトレーが受け皿だったのなら収まりきらないほどに、作り手の思いや工夫があるのだと、長谷川くんの演説によって知らされた。

 ますますコンテンツに飢える僕は、長谷川くんに言葉を求め続けた。皆が交際相手にうつつを抜かす年頃になっても、僕はただただ長谷川くんに耳を向けていた。求められるから、長谷川くんはよく喋っていた。

 インプットした後アウトプットするという、知識の定着にうってつけの手段を、幼い段階で彼は実践できていた。

 そしてそのままサブカルというサブカルを貪り、発するだけ発するから、データベースとしての地位も能力も神がかっていく。

 社会人になったあたりから、長谷川くんを慕う者が増えた。知らない人が長谷川くんを見れば、宗教法人を立ち上げたのかと見紛うこと必至な勢いだった。

 慕われるというのは、モテると同義だ。いい大人になっても交際した経験のない僕は、徐々に羨望の眼差しを強めていった。焦点を合わせたものを焼き払うほどに、当時の僕は女性への気持ちを拗らせていった。

 長谷川くんに耳を向ける場合ではない。見習うべきだったのだ! と息巻いていた。

 頭をフル回転させた結果、一周回って馬娘を極めた僕。その現状は、話が逸れるので別の機会に書こうと思う。

 

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おわりっ