鮭の子漫画

惰性の漫画と日記を書くの

東野圭吾は万物の入門書ではあるんだよ

 まなみちゃんが読書好きという理由だけで、活字なんて脱字ずるものとしか思っていなかった山谷くんが読書を始めた。読書といっても、まなみちゃんがハマっている東野圭吾作品を、片っ端から追いかけていくだけだ。

 そしてご多分に漏れず、山谷くんはまなみちゃん以上に東野圭吾作品を読むことになる。追いかけた側がいずれ追いつくのは、算数の文章問題でたかし君を追いかける母といったような様式の鶴亀算でもおなじみの通り、自明のことなのだ。

 何はともあれ、山谷くんが読書を始めたことを僕は大いに喜んだ。というより驚いた。

 鳥と同等の集中力しか持ち合わせていなかった彼は、亀のように鈍足かつウサギさんのように寝坊しがちだったため、選択した中国語の講義で追追試を受けさせてもらってなおD判定を烙印されるほどの逸材だ。

 そんな山谷くんが読書を始めたというのだから、学内に衝撃が伝わった。まずは僕が驚き卒倒した。後ろの人間も驚いては倒れ、驚いては倒れ、統計の講義が休校になるほどの大事件となった。人類史において転換期は何かと問われれば山谷くんが東野圭吾を読み始めた日で、蒸気機関の発明に次ぐ転換期と言える。

 ひっくり返ったまま起き上がれない僕らを尻目に、山谷くんは驚くべきペースで東野圭吾作品を消化していった。

 東野圭吾のデータベースになりつつある山谷くんの家で、サークルの打ち上げをしたことがあった。家族の不仲を相談する女子を皆で慰めていたとき、山谷くんが立ち上がった。本棚に歩み寄る彼を、その場の全員が目で追った。本棚は、上から下まで東野圭吾作品だった。

 学者が調べごとをするかのように、パラパラと本を捲る山谷くん。

「君は、これを読みなさい」

 本棚から引き抜かれた東野圭吾作品を受け取る女子。なんのことやらと思っていたが、後日その女子の悩みは解決したようだった。

 山谷くん曰く「東野圭吾作品はただのミステリではない。人々のバイブルになりえる」らしい。

 なるほど、そうきたかと思った。であれば、ミステリにハートフルな要素を付け加えた作品を彼は好むのだと推察できる。僕はミステリ要素のある純文作品を山谷くんに勧めてあげた。

 彼は、かぶりを振った。

 彼が読書を続けられる原動力はそもそも、大好きなまなみちゃんと共通の話題を作りたいという気持ちによるものだ。他の棚に手を出すことは、許されていないのだ。

 そんな彼は大学を卒業するまで、目を血走らせながら東野圭吾を読み続けた。幸いなことに、東野圭吾著の本は、底をつきない。インドの人口ほどに毎年増え続けている。

 卒業間際になり、僕はまなみちゃんと祝二年の交際記念を祝っていた。

 だから知っている。彼女は最近、伊坂幸太郎の本を読み始めていた。これを彼が知った日には、さらに読まなければいけないノルマの量に圧倒され、卒論も間に合わず、本格的に留年が危ぶまれるだろう。

 僕はやれやれと、かぶりを振るしかなかった。

 

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おわりっ